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墓石の意味を理解して賢く墓石をオーダーしよう!

墓石とは、お墓のある場所のしるしとして建てる石のことを言います。

 

古来日本では一般的に建てられている和型と言われるものや、最近少しずつ人気が出ている洋型と言われる墓石があり、現代の日本人に多い無宗教など方を含め、宗教や宗派、古来からの形式などにとらわれずに、自由で独創性のある個性的な墓石が建てられています。

 

 

また、墓所とは、お墓を建てるための各々の専用に区切られた土地の一区画を指し、各家々の墓所のうえに、一般的にはそれぞれひとつずつの墓石を建てることになります。

 

墓地とは、お墓を建てるためのお墓を建てる区域のことで、お墓を建てる区域を確保するためにはそれぞれの都道府県知事の許可が必要となります。

 

 

一般的な認識では墓地という場所は、管理や運営するための事務所やお参りにきた方々の休憩所、駐車場などの附属された施設も含めています。

 

さらに墓地には大きく分けて、公営で管理している墓地、民営で管理している墓地、寺院で管理している墓地の3パターンの種類があります。

 

公営で管理している墓地は、自治体と言われる都道府県や市町村などが管理している墓地のことで、宗教や宗派などの制限がないのが大きな特徴となります。

 

それぞれの自治体によって墓石を建てるための許可規定されていますが、永代使用料等や年間管理費等などは公営だけあって思ったよりも安い価格帯となっています。

 

 

民営の管理する墓地は事業の主体が財団法人や宗教法人となっていることが多く、墓石を建てるための許可規定などの制限は特にありません。

 

寺院の管理する墓地は事業の主体が寺院となっており、一般的にその寺院の境内地にあるため、その寺院が管理しています。

 

寺院の管理する墓地のお墓を建てるためには、そこでの檀家さんになることが一般的には必要となるケースがほとんどのようです。

墓石の歴史は古代の日本神話から始まった?!

日本神話では、伊邪那美の死後、彼女がこの世に来ることができないように防ぎ、黄泉の国へと追い戻すために、伊邪那岐が千人掛りでようやく動くような巨石で、黄泉津比良坂を塞いだと伝えられています。

 

この石を「千引石(ちびきいわ)」と言い、日本初の墓石だと言われています。

 

また伊邪那岐と伊邪那美が千引石の両側で最後の言葉を交わしている姿が、お墓参りでの「故人との対話」の元となっていると言われています。

 

 

今の形での供養を目的とした供養塔や墓石のルーツは、仏教の伝来と同時に渡来人が石工技術をもたらしたことにあると言われています。

 

平安時代には貴族階級で、こぞって供養塔や墓石などが建てられました。

 

さらに鎌倉時代には中国から禅宗によって、位牌や戒名などが伝わってきます。

 

その影響により、位牌型になっている板碑や今の墓石に近い角柱型などが多数作られるようになりました。

 

その上、江戸時代には幕府の指導で檀家制度ができたため、庶民の間で寺との結びつきが強くなり、先祖への供養や葬儀などが庶民生活に普及していきました。

 

 

それまでの庶民の墓は、拾った石を積み上げるものでしたが、江戸時代から庶民も墓石を建てるようになりましたが、その頃はまだ故人墓や夫婦墓がほとんどでした。

 

明治時代には家制度ができ、今のように家ごとでお墓を建てるようになり、今まで墓石に故人の戒名が彫られていました、時代の流れによって墓は個人の墓から一家の墓として移り変わり「○○家先祖代々之墓」という今の形に変わっていきました。

 

 

明治時代には公園型の墓地も開発されなど、墓地としての役割や認識自体が大きく変わっていきました。

 

戦後には民営の管理する墓地もでき、縦長の和型がほとんどであった墓石と共に洋型の墓石を多く選ばれ建てられ、最近では、オリジナリティ溢れる新しいデザインのお墓も人気が出ています。

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